休みには慣れてない



2025-07-31 16:58:11
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「そのうちぶっ倒れますよ、隊長さん。大体その固いソファで取れる疲れがあったら見たいものだわ」
 ジョーナ・ウッドスタッフは後ろからかけられた声に反応し、目が醒めた。仮眠室にあるソファは彼女の言うとおり固かったが、ウッドスタッフの短い生の中では横になる場所があるだけマシというものであった。とはいえ反応なしというのは失礼にあたるため、
「アラザマトラさん、すみません」
 そう言いながら、体を起こす。体を起こせば、溜息と共に毛布が押しつけられる。
 ――アラザマトラ・レメダ・コラジア。
 遠未来から来た尼僧は、トレードマークでもあるセラミックの仮面の上からもわかる『呆れた』の様子を作ってみせる。
「謝る暇があったら、ベッドにお行きなさい。それがいやならば酸素カプセルでも許しますけど」
「いや……それはまだ出来ないかな。新入隊員についてのデータを読んでいたところなので」
 正直に言えば、ウッドスタッフに不思議な香りのお茶が押しつけられる。温かいそれを飲めば、徹夜に次ぐ徹夜で特殊な覚醒状態に陥っていた精神が、嘘のように落ち着く。
「それだけで徹夜にはならないでしょう……」
「分かりますか」
「ええ、修道院長でしたからね。可愛い子達のコンディションを整えておくのは大事な仕事だわ――さあ、メディカルチェックの時間。リラックスして」
 アラザマトラに言われ、ウッドスタッフはソファの背に体重を預ける。その横では尼僧が遠未来産の奇妙な機械を広げ、静かに聖句を唱えるのであった。
 
 万華鏡のように移り変わる光をのぞき込む。半分睡眠状態にあるような、奇妙な心地になる。アラザマトラが叩くデバイスの音は、雨音のように心地よい。
「仕事……増やしていないと落ち着かなくて」
「ワーカーホリック」
「中毒と言うより、そういう在り方なんです」
 企業工作員として人格を調整された、死体ベースの安価な有機レプリカント。それがウッドスタッフである。
「自分自身、というものを強く持ち始めたのも、ここ数週間で」
 隊長、と言葉を繰り返す。ウッドスタッフはあくまで末端の工作員であり、人を指揮する側ではない。だというのに、ダーザインはウッドスタッフを隊長に任命した。
 壊れた世界の、人間未満の存在を――。
「不安定なんです。薬を摂取しても、自分の軸が無くなっている」
「そう言うことは、はやくおっしゃって……」
「おかしいことだと思わなかったので。使い捨てなんです、私は。来月には耐久年数を迎えるはずだったんです。データベースによれば、私のいた世界は既に崩壊しているみたいですね。だから、私は……これから先、遠くない未来に動かなくなるはずなんです。なのに」
「なのに?」
 アラザマトラがゆっくりと、声をかける。
「なぜ、私は生きなければならないのか。なぜ、隊長に任命されたのか。それを考え始めた途端……怖くなったんです」
「人生の意味を考えたのね」
「そうです。意味など無いのに」
「とても人間らしい、行いだと思いますよ」
 そんなものいらないですよ、と溜息と共にウッドスタッフは呟く。
「あなたの肉体寿命は『能力』でぐんと伸びているんですから……」
 聞き分けの悪い子に聞かせるようなアラザマトラの言葉に、ウッドスタッフは薄く笑む。
「それが、信じられないんです。悪い冗談のようで。明日やっぱり死ぬかもしれないのに」
「で、眠らずに動き続けていた、と」
「そうです」
 沈黙。万華鏡の光は遠ざかり、止まり、そして消える。
「――そうね、フィジカル面は問題ありません。明日壊れるといったら、その人を蹴り飛ばしてやれるくらいです」
「そう、ですか」
 自分自身でも驚くほどに、残念そうな声だとウッドスタッフは思う。南国の甘さを感じさせる響きの声は、囁くように、
「死にたがりの隊長さん、思うに、あなたが隊長にされたのは――隊員がいれば死に急がないから、という理由じゃないかしら」
 そう、意見を述べる。
「世間はそんなロマンチックじゃないですよ」
「案外、そうじゃないかも知れませんよ」
 コンソールに投影された自分の肉体は文句が付けられないほどの健康体で、ウッドスタッフはやはり冗談を見せられている気がした。