ジョーナ・ウッドスタッフは困惑していた。ダーザイン本部から渡された資料に目をやる。コンソールに映るそれと、目の前にいる、足を組んで座った女を見比べる。何度も読んだ資料だ。何度も読んだからといって内容が変わるわけではない。
ウッドスタッフはデータと生身の人間は違うということを思い知らされる。
――目のやり場に、困る。
ウッドスタッフ自体は己を「彼」と称しているが、それは社会に合わせるためであった。実際はどちらの性別という自覚もなく、また恋愛感情というものも特に持ち合わせていない。しかし、人並みの羞恥心というものはある。
目の前の女は足を組み替えた。過去テラスフィアで流行った格好だ、とウッドスタッフは思う。短くそろえた髪に長いネックレス。ストレートなシルエットのドレスは体のラインを強調しないように仕立てられているが、主の豊満な胸元は隠しようがなかった。
そして、膝丈の裾――時折組み替えられる足によって、ひらひらと裾が揺れ、膝と足が艶めかしく見える。
――フラッパー。
テラスフィアの1920年代に流行した格好だ。ウッドスタッフは膝から視線をずらしながら、女に問う。
「クラリッセ・ルモンドさんですね。当部隊に配属希望だということですが……」
「そう、ソリティアで最後に残ったカードだったからね。退屈はしないと思ったのさ」
くつくつ、くつくつ。クラリッセと呼ばれた女は喉で笑う。
「ソリティアで」
確かにその手の一人遊びは、占いにも使われるが。ウッドスタッフはそんな適当な決め方でいいのか、と女を見る。焼き付け刃で叩き込んできた面接のノウハウは完全にすっ飛んでいた。
「そう、ワタシの占いは当たるのさ――あと、ワタシのことはナーナンシャと呼ぶこと。クラリッセなんてお行儀が良すぎる」
不遜な態度から、ウッドスタッフは目が離せなくなる。世界に彼女と自分しか感じられなくなる。
「『七紗』。東の言葉で、七つの薄い布。七つのヴェール。悪いお姫様なのさ、ワタシは」
七紗、という時だけ、不思議な訛りが混ざる。その響きが妙に甘く、耳に残る――。
ナーナンシャはそういって立ち上がる。ぼんやりとしたままのウッドスタッフを椅子代わりにまたがり、耳元に囁きかける。
「こんな面倒な儀式必要かい? さっさと終わらせて、遊ぼうじゃないか――」
思わず、ウッドスタッフは頷きそうになり――。
「この色ぼけめ!」
――横にいた男に小突かれた。横にいるのはハーフオークの男。厳めしい顔を更に厳めしくしているが、目は明らかに笑っている。大爆笑といってもおかしくない。
「あ、バランガウドさん……?」
「あ、じゃないぞ。ありゃ相当の魔女だ。魔法でお前を骨抜きにしやがった――」
「魔法」
「ほら、お前達がいう《能力》とやらだ」
ナーナンシャは既にウッドスタッフから降りていた。やってやった、と言いたげなニンマリとした笑みを浮かべながら。
横にバランガウドを連れていてよかった、とウッドスタッフは思う。この性悪な浮かれ女――狂騒楽乱世界スウィングという永遠の1920年代の《世界》にてギャングのボスの愛人であった――の履歴書に書いてあった文字を思い出す。
『要注意:精神干渉を行うため、決して一人で対応しないこと』
彼女の《能力》は魅了に特化していた。人心を操ることが得意な、若く美しい女。そして退屈で飢えている。危険この上ない。
「どうしてこの緑野郎は反応しないんだい?」
「彼はバランガウドさんです。緑野郎ではなく、またあなたの同僚となる方です」
「ふん……まるでお伽噺の人食い鬼みたいな顔じゃないか」
バランガウドは苦笑いをした。
「お嬢ちゃん、人食い鬼には魔法が効かないもんだ……魔法の生き物だからな」
一方、バランガウドの《能力》は《無効化》だ。いわゆる生けるキャンセラー。出自《世界》にループ現象という危険度の高い異変が起こっているため、帰還困難者としてダーザインに滞在しているこの好漢は、勿論、と『もしものストッパー』としての役目を引き受けてくれた。
(リミッターはかかっているはずなんだけど)
もしくは自分が初心すぎるのか、とウッドスタッフは眉間に皺をよせる。工作員としてそういったものに反応しないための訓練は受けてきたはずなのだが。
ナーナンシャはバランガウドに気に食わぬ、という視線を向けていたが――。
「決めたよ、隊長さん。こいつを堕とすまでここにいるから」
挑戦状を叩きつけるかのように、言い放った。
「……手続き、色々あるんですけど」
「手続きなんて、蕩かしてしまえばいいのさ」
問題児だ、とウッドスタッフは思う。思わず助けを求めるようにバランガウドを見れば、
「安心しろ、この手の奴を扱う方法には慣れている」
そう、悪鬼のような笑みと悪戯っぽい目で男は返してくるのだった。
ウッドスタッフはデータと生身の人間は違うということを思い知らされる。
――目のやり場に、困る。
ウッドスタッフ自体は己を「彼」と称しているが、それは社会に合わせるためであった。実際はどちらの性別という自覚もなく、また恋愛感情というものも特に持ち合わせていない。しかし、人並みの羞恥心というものはある。
目の前の女は足を組み替えた。過去テラスフィアで流行った格好だ、とウッドスタッフは思う。短くそろえた髪に長いネックレス。ストレートなシルエットのドレスは体のラインを強調しないように仕立てられているが、主の豊満な胸元は隠しようがなかった。
そして、膝丈の裾――時折組み替えられる足によって、ひらひらと裾が揺れ、膝と足が艶めかしく見える。
――フラッパー。
テラスフィアの1920年代に流行した格好だ。ウッドスタッフは膝から視線をずらしながら、女に問う。
「クラリッセ・ルモンドさんですね。当部隊に配属希望だということですが……」
「そう、ソリティアで最後に残ったカードだったからね。退屈はしないと思ったのさ」
くつくつ、くつくつ。クラリッセと呼ばれた女は喉で笑う。
「ソリティアで」
確かにその手の一人遊びは、占いにも使われるが。ウッドスタッフはそんな適当な決め方でいいのか、と女を見る。焼き付け刃で叩き込んできた面接のノウハウは完全にすっ飛んでいた。
「そう、ワタシの占いは当たるのさ――あと、ワタシのことはナーナンシャと呼ぶこと。クラリッセなんてお行儀が良すぎる」
不遜な態度から、ウッドスタッフは目が離せなくなる。世界に彼女と自分しか感じられなくなる。
「『七紗』。東の言葉で、七つの薄い布。七つのヴェール。悪いお姫様なのさ、ワタシは」
七紗、という時だけ、不思議な訛りが混ざる。その響きが妙に甘く、耳に残る――。
ナーナンシャはそういって立ち上がる。ぼんやりとしたままのウッドスタッフを椅子代わりにまたがり、耳元に囁きかける。
「こんな面倒な儀式必要かい? さっさと終わらせて、遊ぼうじゃないか――」
思わず、ウッドスタッフは頷きそうになり――。
「この色ぼけめ!」
――横にいた男に小突かれた。横にいるのはハーフオークの男。厳めしい顔を更に厳めしくしているが、目は明らかに笑っている。大爆笑といってもおかしくない。
「あ、バランガウドさん……?」
「あ、じゃないぞ。ありゃ相当の魔女だ。魔法でお前を骨抜きにしやがった――」
「魔法」
「ほら、お前達がいう《能力》とやらだ」
ナーナンシャは既にウッドスタッフから降りていた。やってやった、と言いたげなニンマリとした笑みを浮かべながら。
横にバランガウドを連れていてよかった、とウッドスタッフは思う。この性悪な浮かれ女――狂騒楽乱世界スウィングという永遠の1920年代の《世界》にてギャングのボスの愛人であった――の履歴書に書いてあった文字を思い出す。
『要注意:精神干渉を行うため、決して一人で対応しないこと』
彼女の《能力》は魅了に特化していた。人心を操ることが得意な、若く美しい女。そして退屈で飢えている。危険この上ない。
「どうしてこの緑野郎は反応しないんだい?」
「彼はバランガウドさんです。緑野郎ではなく、またあなたの同僚となる方です」
「ふん……まるでお伽噺の人食い鬼みたいな顔じゃないか」
バランガウドは苦笑いをした。
「お嬢ちゃん、人食い鬼には魔法が効かないもんだ……魔法の生き物だからな」
一方、バランガウドの《能力》は《無効化》だ。いわゆる生けるキャンセラー。出自《世界》にループ現象という危険度の高い異変が起こっているため、帰還困難者としてダーザインに滞在しているこの好漢は、勿論、と『もしものストッパー』としての役目を引き受けてくれた。
(リミッターはかかっているはずなんだけど)
もしくは自分が初心すぎるのか、とウッドスタッフは眉間に皺をよせる。工作員としてそういったものに反応しないための訓練は受けてきたはずなのだが。
ナーナンシャはバランガウドに気に食わぬ、という視線を向けていたが――。
「決めたよ、隊長さん。こいつを堕とすまでここにいるから」
挑戦状を叩きつけるかのように、言い放った。
「……手続き、色々あるんですけど」
「手続きなんて、蕩かしてしまえばいいのさ」
問題児だ、とウッドスタッフは思う。思わず助けを求めるようにバランガウドを見れば、
「安心しろ、この手の奴を扱う方法には慣れている」
そう、悪鬼のような笑みと悪戯っぽい目で男は返してくるのだった。