人間初心者の反省会



2025-10-05 23:53:36
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 いつかの午後、ダーザインにて。
 トラヴェラーズ・ダガー部隊に与えられた部屋の医務室では、二つの人影が向き合っていた。簡素な卓には甘い香りのただよう薬草茶。その横にはバターのたくさん入っていそうなクッキー。小型の満月めいたそれは、籠の中に執拗に積み上がっていた。
「どうしてこうなったか、分かりますか、隊長さん」
 真面目な声で語るアラザマトラ・レメダ・コラジアは、目の前にきっちりと座っている人影をセラミックの仮面の下からじっと見ていた。目の前にいるのは小柄なトレンチコートの若者で、表情は慇懃だが、いささか人間らしさに乏しい。それでもすまない、と言いたげな様子はよく伝わってきた。
「力不足ですね」
 少し首を下に向けた隊長――ジョーナ・ウッドスタッフは、それが事実です、と付け加え、そして沈黙する。
 アラマザトラは大きな息を吐く。あからさまな溜息、というよりは、全くこの人はと言いたげな保護者の愛情が交じったような溜息であった。
「訂正すれば、やり過ぎです」
 やり過ぎ、とアラザマトラは生徒に教えるように、告げる。
「まあ、召し上がって下さいな、隊長さん。焼きたてのクッキーですよ」
「……すみません、気を遣わせてしまって」
 もぐ、もぐ、と恐る恐る一枚を取り食べるウッドスタッフ。
「気にしすぎですよ、隊長さん……気にしすぎと根は一緒なのでしょうね、今回のやり過ぎも……いきなりのSランクへの昇格、そして案の上のAへの降格。しかも、ボーダーすれすれで……」
「申し訳ございません」
「ですから、申し上げたいのはそう言うことではないのですよ、ジョーナ・ウッドスタッフ――休息を取らずに走り続け、最後の最後で気絶し……」
「ナーナンシャさんがあそこまで大胆な言葉遣いをするとは思いませんでした」
「ああいう方は罵倒とスラングの中に生きてらっしゃいますから――とにかく。ナーナンシャさんが介護をし、わたくしが治療をし、その間実務はバランガウドさんが行い……皆」
 できるだけアラザマトラは責めるような言葉遣いにならぬよう気をつけていたのだが、事実を述べればウッドスタッフは何度目かと分からぬ申し訳ございません、を繰り返すのみ。アラマザトラは少し、言い過ぎたか、と思いながら首を横に振った。
「皆、心配していたのですよ」
「そうですね……そうなんですか?」
 その場を無難に切り抜けるためのそうですね、だとアラザマトラには分かっていた。だが、それはウッドスタッフなりのぎこちない気遣いであるのだろう、と彼女には察しが付いていた。腐っても元修道院長だ。こういう類いの若者は嫌というほど見てきた。
「そうですよ」
 沈黙。アラマザトラは、仮面の下で片眉をあげる。そして仮面を僅かに持ち上げてからクッキーを食べた。さくりと口の中で蕩ける。砂糖と共に、程よい塩の味がした。

 全くもって、この若い隊長殿は、自己評価が低いらしい――、アラザマトラは纏めたカルテを思い出しながら、じっとウッドスタッフを見る。
 性別は無性、死体を原材料にした安価な使い捨て有機レプリカント。元企業工作員で、個性と人並の寿命を手に入れたのはVS能力に目覚めてから。つまりは人間一年生未満。人に使われる存在であったウッドスタッフが何故隊長という一見向いていない役目に就かされたかは分からないが――とにかくこの奇妙な人事の割には、ウッドスタッフは頑張っていた。側を固めていたのが元修道院長に元武将、元ギャングの情婦――最後の人物に関してはここに並べていいのか疑わしいが――とにかく、ある程度自分の世話は自分で見られる面子であったのもよく作用したのだろう。
 そして、ウッドスタッフは優秀な隊員に相応しい隊長であろうとして無理をした。元々使い捨ての存在故に、自分の体を長期的に鑑みて動くのは苦手だったらしい、120%の力を出し続けてSクラスに皆を導いた後無理がたたってぶっ倒れ、そしてトラヴェラーズダガーはSランクからAランクに舞い戻ったという次第。
「今後はこのようなことがないよう厳重に注意をはらい……」
 きっとこういうときはこう言え、とプログラムのように条件付けられていたであろう台詞は、どこか痛々しい。アラザマトラは思う。ウッドスタッフには、悔しさを表現する言語が、認識する感情がまだ乏しいのだと。
「そうですね、まずは無理をしないで下さい」
「はい」
「次に、少しばかり楽しみを見つけて下さい」
「はい……はい?」
 理由が分からない、という風にアラザマトラを見るウッドスタッフ。
「最後に……任務のないときには休暇を取って良いんですからね」
 休暇、という今まで疎遠であった概念を目の前に、ウッドスタッフは目を泳がせている。それは妙に人間らしいとアラザマトラは思う。いい兆しだ。少なくともこういうところから、始めていこう。それが修道女であり、医者でもある己の役目なのだから。
 居心地わるそうに咳払いをしたウッドスタッフは、話をそらすように言う。
「ところで、このクッキー、誰が焼いたか教えてくれますか」
 ああ、そういえば言ってなかった、とアラザマトラは秘密を打ち明ける。
「ナーナンシャさんですよ。あの方、料理が上手なんです」

 金銀財宝に囲まれ人をおねだりと顎で使うのが上手そうな女の名をあげられ、ウッドスタッフは驚いて、天井を見上げた。